主催の会を二つ

今月は、それこそ一年以上前から計画しておりました「キモノーション」に明け暮れた月でした。もう明日は師走、早いものです。。。

もう一つの主催の会「浪曲と節談説教の会」も賑々しく打ち上げました。
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当日用の番付をこしらえました

玉川奈々福さんとの出逢いは、染の作家の小倉充子さん。
小倉充子さん玉川奈々福さんは仲良しで、奈々福さんは充子さんの作品をお持ちですし、東京では何と二人会もされています、そんなご縁でお会いしてから、浪曲と云えば「宮川左近ショー」をテレビで見たくらいの私が、浪曲もエエもんやなぁと思うことが出来ましたのは、奈々福さんのお陰です。話は逸れますが、忘年会にお越しいただく「柳家小春」さんも充子さんのご紹介、足向けて寝られません。

奈々福さんの語りは、洗練されている中に原初の泥臭さとでもいいましょうか、そこに魅力を僕は感じています。いつか古代から栄えた住吉で、そこに焦点を当てた会をしてみたいなぁと云う夢がありましたから「いつかいらして下さいね」「是非!」という会話から、半年でまさか叶うとは、、、そして正覚寺の住職に「やりたいねん」「ええよ」から、正覚寺の隣のお寺の壽光寺の蕚慶典住職が「節談説教」の先生であるご縁で「折角お寺でするんやから、お願いしてみようか?」とまたとない助言と、皆様のサポートを頂いて、開催の運びとなりました。

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設営完了。ご本尊を中心に、下手は節談説教、上手に浪曲の高座をしつらえる贅沢。

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奈々福さんの掛け布は深堀隆介さんの手描と云う極豪華なもの。

皆さんの支えがありましてこその、稀有な会やったと、感謝しています。
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語り芸の元祖の一つ、殊に浪曲の元と云われる「節談説教」を聞けたことは、まことに耳の福でした。語りに、節や、うたい、がありつつ、聞く人を心地よく引き入れて行きながら、あくまでも説教であって、芸ではないところから、拍手が来るまで節やうたいを突っ込むこともなく、さりとて淡々とも進まず、節があればいつしか語り、語りの中で、うたい、という自在な構成、比喩やたとえ話を入れての聞きやすさ、そして終盤は阿弥陀様のありがたみが沁み入るような、茫漠としながらも、序破急の整った盛り上がりは、素晴らしいものでした。
知らなかったのですが「拍手」をしたくなったら「南無阿弥陀仏」とお念仏を唱えるのやそうです、それを「うけ念仏」と云うのやそう、また聴く折は、してみます。

終演後の会食で、奈々福さんがおっしゃっていましたが、日本は「語りの芸」に多様性があります、義太夫、落語、新内、講釈、浪花節。。。世界を見渡して、芸の「上書き」はあっても「別名で保存」は珍しいそうです。私は義太夫の大ファンですし、語り芸はもちろん、芸事が好きなものですから、そして、着物の世界と芸能の世界は、切っても切れません、大阪の住吉で商いをしている以上、これからもこういう会を続けられる限り、開催して行きたいと思いますから、これからも、どうぞよろしくお願い致します。

最後に、正覚寺住職の挨拶文を引用します、熱い住職です。

ごあいさつ
 この文章が皆様のお目にふれることも、また何かのご縁でありましょう。まことにありがとうございます。このたび、「浪曲と節談説教の会」をこころやさんと共催させていただきます正覚寺の住職です。45歳です。ネコ好きです。
 今回の会は、今年創立130周年を迎える粉浜の老舗呉服店「こころや」の当主、名倉克典さんから「おっさん、正覚寺の本堂で江戸のおっしょさんの玉川奈々福さんを呼んで、浪曲の会をさせてもらえへんやろか」という嬉しい申し出をいただき、実現することとなりました。名倉さんとは私が正覚寺にお世話になって以来、20年に渡って公私ともに刺激を与えてくれる大切な飲み友達です。二つ返事で受けさせていただきました。
 さて、せっかく江戸時代に建てられた正覚寺の本堂で浪曲の会を開催するのですから、「お寺ならではの趣向」は何かないかと考えたところ、思い浮かんだのが浪曲の元ともなった説教節、とりわけ浄土真宗に伝えられてきた伝統的な説教の手法である「節談説教」でした。幸いなことに正覚寺の隣には寿光寺というお寺があり、そのご住職は節談説教再興の旗手、蕚慶典師でした。師とは共通の趣味(内緒ですので、当日お訊ねください)で仲良くさせていただき、ももクロのライブも一緒に行く仲です(あ、言っちゃった)。出演をお願いいたしましたところ、これもまた二つ返事でご快諾をいただきまして、今回の会を開催することとなりました。
 浪曲と節談説教には節回しだけでなく、その歴史にも不思議な一致点があります。ともに1931年の満州事変に始まる太平洋戦争のときには積極的に国策に加担しました。浪曲界は「愛国浪曲」として天皇を賛美し戦場で死んでいくことを美化する浪曲をたくさん作り、寄席に笑いに訪れていた市民を戦場に送る手助けをしました。節談説教は、当時の浄土真宗が「戦時教学」として、天皇を賛美し戦場で死んでいくことを美化するためにでっちあげた教学を、本来なら生きている者が救済されるはずの寺の本堂で語り、門徒を戦場に送る手助けをしました。そして、ともにそのことを総括し反省することのないまま、戦後の黄金期を迎えます。
 しかし、その隆盛は長くは続きませんでした。浪曲はテレビや映画といった新しい娯楽に押された寄席文化の退潮とあわせるように、衰退をしていきます。節談説教は、近代的な「法話」や「仏教講話」の手法に押され、また、浄土真宗内部からの明治以降から続いていた「近代的ではなく、封建的かつ差別的である」という批判に応えることができず、平成の時代に入るころには「節談説教をできる僧侶は数名」という滅亡寸前のところまで追い込まれました。
 今回の出演者のお二人はそのような衰退していた「浪曲と節談説教」の世界に、新しい風を吹かそうとしている方々です。お二人とも従来の「演目」を継承しながらも、そこに今日的アップデートを施し、まさしく「いま」を切り取るような話芸を聴かせてくださいます。そして、そのまなざしはいつも、弱く虐げられてきたもの(者・物)に向けられています。
どうか、この古くて新しい「浪曲と節談説教」の世界を私たちともにお楽しみください。正覚寺の敷居を削って、お待ちしております。

正覚寺 住職 今幾多 康二郎


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2016-11-30 Wed 14:32 ∧top | under∨
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