池波正太郎の黒足袋紺足袋

地域による違いがあるのも着物の良いところです。多様性があるので「これはこうじゃなくっちゃ」というのがあるようでないんですよね「こうだ」という答えが他の土地ではそうではない事も

細かく言えば、、同じ上方(関西)でも、京と大阪では着こなしが違います、例えば芸妓さんなら、大阪は、新しいもの好きや合理的な気風に沿ってご一新以来東京の良いところを取り入れた「比較的スッキリ」した姿になって行くのに対し、京は伝統的な風合いをまもった「なんどり」「はんなり」した姿が現在も続いています

マニュアル本には「関東と関西の違い」とわかりやすく記していますが、間違いではないものの、ステロタイプで鵜呑みにできない

指南本にしても、東京が中心ですから「江戸っ子」な感性がやはりメインになるので、一方の上方文化が否定はされないまでも「野暮ったい」の一言で片付けられる事もあって、根っからの上方才六としては「そうやないんやけどなぁ」と思う事もあります

池波正太郎さんのエッセイが好きで、特に食べ物の話の美味そうなこと。そんな中に「男の作法」って本で面白い事があるんです
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「東京のうどんなんか食えない.....」って。ああいうのがばかの骨頂というんですよ。略)それぞれの土地の風土、あるいは生活によって、みんな違うわけだからね。


おっしゃるとおり、僕は東京の濃いおつゆの蕎麦も大好きですし、大阪の昆布の出汁の利いたおうどんも好きで、新幹線でたった二時間半の両方味わえる現代の幸せを噛み締めるんですが

一方でこんな事も書いてはるんですよね
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黒繻子っていう黒のぴかぴか光っている足袋があるだろう。あれを履いたらだめなの。おかしい。やはり紺の木綿の足袋でないと。あれを履くと田舎のお大尽になっちゃう(笑)


田舎のお大尽になっちゃう(笑)
笑われてしまいました

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繻子というのは、いわゆるサテン、なめらかで光沢のある織り方をした生地なんですが、残念ながらウチでは黒繻子足袋はあっても紺足袋は置いていません、昔ながらの大阪の店では、ほぼどこもそうなはずで、黒繻子足袋がメインなんです。僕が紺足袋を知ったのは東京の歌舞伎座でバイトをしていた時で、皆さん紺足袋で仕事をしてらした。カルチャーショックでした。どんな理由があるのかはわかりませんが、それこそ『それぞれの土地の風土、あるいは生活によって、みんな違う』んであって『田舎のお大尽』と笑われたら、黒繻子足袋文化圏は立つ瀬がありません

この二つのくだり、池波正太郎さんの気難しくて癇癪持ちな人間臭さがでて、好きなんですけどね

土地柄の感性に個々の「好み」も入れば、幾通りものパターンが生まれてくるわけで、どの選択肢で行くかお好みを探して、自分なりのスタイルを確立してゆくのも、着物の楽しみの一つです

風土性、地域性、お好み、色んなパターンを咀嚼して引き出しを増やして、理解を深めた上でお客様に提案するのが僕の仕事やと思っています、ましてや作家でも評論家でもありません、オッさんになると頑固になって行きがちですから、そこは呉服を商う現場の人間として柔軟になって、もっともっと美しい着こなしを探求してゆかねばなぁと思います

ちなみに文末に

下駄でも草履でも、ギュッと足の指の奥まで入れて履いちゃだめだよ。指の先をほんの引っかける程度にして履くようにしたほうがいい。


とありまして、スッキリしたこの履きかたを好まれるかたも多いですが、ゆったりたっぷりした履き方の美学も一方で厳然とあります。例えば「上方落語」と「江戸落語」も持ち味が違いますから、好き嫌いはおありでしょうけれど、そこに優劣はありません。それどころか並立することによってお互い刺激しあって進化しています。着物の世界もそうありますように、と願っています
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2015-12-05 Sat 00:12 ∧top | under∨
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