雛の節句

二十年程前でしたかねぇ、新派百年で孝夫玉三郎客演の美しい美しい泉鏡花の「日本橋」を見ました、素敵でした。
玉三郎が名セリフを唄うように『雛の節句のあくる晩、春で、朧で、御縁日、同じ栄螺と蛤を放して、巡査の手帳に名を並べて、女房と名乗って。。。一緒に詣る西河岸のお地蔵様が縁結び、これで出来なきゃ世界は闇だわ』あれが何とも。

お雛さまと言えば、浄瑠璃の『妹背山』の「吉野川」、来月文楽座でかかりますが、楽しみで楽しみで。
舞台装置の豪華さ、人形の華麗さ、浄瑠璃の大きさ、そして良くできたストーリー、クライマックスの悲しさは、着物で行くと衿元が涙のシミでいっぱいになるほどです。満開の桜にお雛様、舞台中央には吉野川、華やかで明るくて、せやのにどうしようもなく悲しいんです。

ま、それはさておき。
初節句や、お節句のお祝いの、お子様の着物がおかげさまで人気でした。

いわゆる正絹の晴れ着ではなく、一つ身や三つ身、四つ身の昔ながらの普段着というかお洒落着です。

今や貴重品のウール備後絣の既製品をはじめ、当店秘蔵のモスリンや英ネルで別誂えした特製の着物(共生地で薄綿入れの甚平さんと着物をお対にしました、珍色のモスリンの裾回しを付けています)を置いています。

ココロヤオリジナルは仕立屋さんの手縫いですし、生地も上等なので既製品のものと比べれば決して安くはありません(三万円ほど)けれども、皆さん可愛いと買うて下さっておかげ様で完売致しました。
また仕立てを出さなきゃなりませんが、何しろ今は作っていない生地なので、在庫もあと少し、これが尽きたらどうしましょう。
そういう意味では商売人の風上にも置けませんが、嬉しい反面、惜しゅうて仕方がないんです。

撮った画像探しましたがどっかいきました、すみません。

ま、この業界の流れを考えれば、モスリンの上物は復活する可能性は低いでしょうし「英ネル」なんかはもう確実にダメでしょうね。
「注染ゆかた」も年々減っているのも頭痛の種ですが。

こういう手がかかるものは、同じようなプリントものや大量生産品と比べればコストが高く、なおかつ普段着としての相場感をはずさないような良心的な値段設定にしているので、業界の川上も川下も利益が少なく、たくさん売れなくなれば、問屋さんも生きて行かなきゃならないので真っ先に整理の対象になりがちです。
なかなかそりゃ大変なのはわかるんですけれど、でも残っていって欲しい、問屋さんも辛抱して欲しいなぁと。
絶対に見直されて行くと思うんですよ、その時にノウハウや織機がなくなってしまっていれば、もうどうしょようもありませんからね。
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2010-03-03 Wed 13:00 ∧top | under∨
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