お雛さま

新派「日本橋」

『雛の節句の明くる晩
 春で朧でご縁日
 同じ栄螺と蛤を放して
 巡査の手帖に名を並べて
 女房と名乗って
 一緒に詣る西河岸の
 お地蔵様が縁結び
 これで出来なきゃ世界は闇だヮ』

孝夫玉三郎丈の美しさ、鏡花の流麗な台詞が目に耳に残ります。。。。。

我が家のお雛さまです。

おひなさま

妹が飾ったのでお内裏様が逆です。
いえ本当はこれが全国的なスタンダードなのですけれど、京大阪はこの反対(親王様が向かって右、おひいさまが向かって左)が正しいと教わりました。

明治のご一新までは、京大阪の式がスタンダードやったそうで、実際の御所さまもそのようにお座りになられたそうです(親王様が向かって右、おひいさまが向かって左)。
開国以来、欧米に倣えとということで、欧米では王様とお妃様の立ち位置が日本と逆「王様が向かって左、お妃様が向かって右」なのだそうで、御所さんもその立ち位置に変えられたそうです。

なのでお雛業界もお内裏さんの置く位置を変えたそうですが、京大阪は古式を守っているのやと聞きました。

今年は姪の初節句なので皆でお祝いをしました。
「ちらし寿司」「蛤のおつい」「お雛あられ」「白酒」でお祝い。

ココロヤ特製のモスリンの一つ身を着せました。

一つ身

一つ身

大人もののモスリンの襦袢地なんです。
それを一つ身に縫います、赤い裏地は裾回し、モスリンの無地です。
もうこの染めをやっているところはありません。
たくさんストックしていましたが、残り男物が3反女物が2反です。
お甚平さんも付ければ1反から2着取れますが、もう少ししか出来ません。
20000円近くする高いものですが人気がありまして、でももう少ししか出来ません。。。。。

「日頃はつましゅうしてもキッショキッショはちゃんとしなはれや」って昔から口を酸っぱくして、よう云われまして、訳すと「普段はつつましく生活をしても、通過儀礼や年中行事はちゃんとしなさい」って事ですけれど、そういう生活スタイルって都会では廃れつつありますけれど、今になって、ああなるほどせやなぁと思いますねぇ。






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2011-03-04 Fri 12:38 ∧top | under∨
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