暦は雨水。お雛さんと有職故実

今日は暦の上での「雨水」

二十四気の一つ。立春から十五日目で、陽暦二月十九日ごろ。雪が雨に変わり、草木が芽吹き始める時季。


やそうです、この日に「お雛さん」を出すと縁起がよいといいますね。

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住吉っさんの社務所の奥のお雛さん
元は、この辺りの村のお庄屋さんのやったそうです

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禁色でもって、お上しか着られない、お日様の色みたいに赤く見えたり金色に見えたりして美しい「黄櫨染の御袍」や官女の「大腰袴」など衣装がそれぞれ忠実に再現され、菱餅も木に縮緬が貼ってあったりと、隅々まで凝った作りでかいらしこと。禁裏さまが左にいらしゃるのは、京阪の風。

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これが黄櫨染の御袍(こうろぜんのごほう)です。唯一禁裏さまだけがお召しになることができる衣装です、冠の上にピンと立っているものを「纓(えい)」といいます、立っているので「立纓(りゅうえい)」

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主上以外は「纓」が垂れた「垂纓(すいえい)」の冠です

左大臣と右大臣は、武官の装束です
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文官の装束と違い、腋(わき)を闕(欠)けて動き易くした「闕腋袍(けってきのほう)」
冠の纓も「巻纓(けんえい)」に、走ってもブラブラしないようにしています

ちなみに「纓」
元々は冠は柔らかくて、髷の付け根に巻きつけて冠の形を作り、余った布を垂らしていたものなのですが
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いつの間にか飾りになり、光源氏の頃はそれでも柔らかく垂れていたものが
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武家の伸長に伴い、装束も纓もピンと張ってきます
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官女といえば
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こんなイメージもおありでしょうが、
江戸時代の後期にできた、帝の御前においてのみ行われた特別の服装「大腰袴」を三人官女は着ています。
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十二単は唐衣(からぎぬ)と裳(も)を組み合わせるところから「からぎぬも」と言いますが、応仁の乱で有職故実が分からなくなってしまったそうで、フォルムや着付けに変遷があります。幕末にようやく考証を経て平安時代の十二単衣のフォルムに近いものが復刻され現在に至ります。

唐衣とは、いちばん上の袖なし羽織のようなものです。扱いと形状が古式と応仁以降では違いますね。

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平安時代
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江戸後期
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現代

ちなみに裳はスカートのこと、これは飛鳥の高松塚古墳の壁画ですが、この頃は完全にスカートとしての機能やったものが、平安時代の「国風文化」の伸張で裾を豊かにみせる飾り布に変化してゆきます。
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このお雛さま、江戸の後期の御所の有職を忠実に表現したものやとわかりますね。

ちなみに五人囃子の衣装は「直垂(ひたたれ)」といいます、お相撲の行司の衣装ですね
公家の「袍」に武家の「直垂」
袍は多分に唐土の衣装の影響を受けていますが
直垂の系統の衣装は歴史をさかのぼると、こうなるだろうと言われています
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埴輪です、まさかお相撲さんの行司と埴輪が繋がるとは思いもよりませんが、弥生時代の衣装が進化した形と言う説が有力やとか。着物というのは、そういう面から眺めてみても、面白いものですね

おひなさま
我が家のお雛さん。お内裏さんが逆です。妹が飾りました、ネットで検索するとこれが正解です。

京阪の風はご一新以前の「左方優先」の伝統的な御所での立ち位置を表し、その反対は西洋の立ち位置を見倣った明治以降の例やそうで今はこれが主流ですね。

眉毛のある官女。
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眉を落としお歯黒をした、既婚の官女。
既婚の官女

お歯黒や眉剃りの風習って明治まで残っていたそうですね、今も京の花街では舞妓ちゃんが芸妓になる前に付けはりますね。なんとも独特の色気があります。

装束の写真は「原色日本服飾史」からとりました。衣裳の変遷を知る上でなくてはならないものです。


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2018-02-19 Mon 14:38 ∧top | under∨
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